愛とはなにか『ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン』

だんだん雨が固形に替わる・・・

嫌な季節が目前に迫っております。タイヤ替えねば

さて、先日、なんとブログで取り上げてほしいネタがあるとのオファーがありました!!

なにについてか・・・というと

先日の金曜ロードショーで放送された

『ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン』

というアニメです。

そういえば読売新聞(別に巨人ファンだから取ってるんじゃないですからね)のラテ欄広告”大人が泣けるアニメ”なんて煽りが載ってたなぁ・・・くらいに思っていたんですよ。

ワタクシこのアニメーションの予備知識ゼロでしたので、皆様にもどんな話かちょっとだけ・・・

「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」とは

幼い頃に軍人として大戦に参加したヴァイオレットは、人の気持ちを理解したり、自分の気持ちを表現することを知りませんでした。戦後、手紙を代筆する「自動手記人形」の職に就いた彼女は、様々な依頼を受けながら、戦場で上官・ギルベルト少佐に告げられた言葉「愛してる」の意味を探し続けます― 電話も普及しておらず、‘手紙’が誰かに思いを伝える重要な手段だった時代、感情を持たない一人の少女が、代筆の仕事を通して愛を知るまでの成長の物語です。

だそうです。。。

と、このサイトからそのまんまコピペしました。

で、金曜ロードショーは

今回、石立太一監督による完全監修の元、TVシリーズを再構成した特別編集版として放送。 物語の序章にあたる第1話から第3話までと、名作と言われる第7話、第9話、そして、神回と絶賛された第10話を中心に、本作の魅力をぎゅっと濃縮した特別版です。

だそうです。。。

金曜ロードショーのサイトからコピペです

こちらが主人公のヴァイオレット

violetto

由緒正しい京アニ作画だなぁというのが第一印象です。まともに見たことがある京アニ、『けいおん』と『氷菓』くらいですけどね・・・

で、この話のメインはヴァイオレットが「自動手記人形」という代筆業につき、依頼主との触れ合いの中から、自分の感情や過去と向き合って愛とは何かを知っていく姿ですが、映像も相まってなかなか泣ける作りです

細かいストーリはネタバレになるのであまり書きませんが、7話と神回と呼ばれた10話は、予備知識完全ゼロだとグッときます、確実に。※ワタクシ個人的には7話のほうがキツイ。。。

愛を知る物語・・・

ワタクシ、じつは絶望の克服に”愛”が必要だというのを卒論で書いたんです。

その内容はざっくり・・・

  • 『死に至る病』(キェルケゴール著)によると絶望を克服するためにはキリスト教の神への信仰しかない
  • じゃあ他宗教徒や無宗教徒は永遠に救われないのか、Bzの曲じゃあるまいし、そうじゃねぇだろ!
  • じゃあ何で救われンだよ、愛だよ愛

という内容です。※キルケゴールの言う”絶望”が我々の想像する絶望とだいぶ違うのですが、それはさておいて

そういえば先日お亡くなりになった瀬戸内寂聴さんは「人は愛するために生まれてきた」と仰ってました。

で、肝心の”愛”って何だろう。

キリスト教とセットで語られる”無償の愛”という言葉、馬から落馬とか頭痛が痛いとかみたいに、変な言い回しだと思ってしまいます。

そもそも愛は無償だから”愛”なのですから。

ワタクシにとって愛って、想うこととイコールです。(”想う”=よく想うことですからね)

それ以外はすべて想いの発露でしかないですもの。

想える存在がいる(ある)、想われていることを実感できる・・・

これが絶望の克服に必要なものだと確信してます。それは卒論書いた当時の青臭い自分も、今のワタクシも変わってません。

さて、この物語は

手紙の代書、つまり”言葉”が大きな意味を持ちます。

で、終盤、印象的なシーンで使われる

「届かなくてよい手紙なんてない」

というセリフ。

差出人の切なる思いを掬い上げて代筆した手紙は、決して無駄にしてよいものではない…

私も、思いを届ける言葉は、選ぶために使われた労力に比例すると信じております。

なのでワタクシ、一つの表現を使いまわさないよう心がけております。

※例:ヤバい、かわいい

ただ、難しい単語を並べればよいわけでもなく、かつ相手に失礼にならないように言葉を選ぶのは難しいですが、それが自分にとって相手に考えや思いを届けるための礼儀だと思ってます。

だからこのブログもとてもとても時間がかかるわけですえ、その割に誤字脱字が多い?

アニメを見終わった後、

言葉が本当に本心を掬い取ったものなのか、本心は必ず届かねばならぬものなのか・・・

届けられてよかったハナシの裏には、そうじゃない膨大な悪意の言葉のハナシがあるのではないか・・・

なんて想像するのは野暮なのかワタクシがおじさんだからでしょうかね。。。

 

さて、皆様、手紙最近書きましたか?

ワタクシ最近書きましたよ♪

ええ

・・・

・・・

土地の所有者に売却意志あるかの手紙(直筆です♡)と、

入居者への注意文(音関係)ですけどね・・・

4 thoughts on “愛とはなにか『ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン』

  1. さっそくUPありがとうございます。
    期待を裏切らない仕上がりですね!

    ことばってとっても扱いが難しいと常々思っています。
    愛とか、想いとか、形にできないものを「完全」に表現するのに、ことばでは不十分だと思っていて、100%で伝えることなど不可能だと思っていましたし、そうであれば言葉にすることがもはやデメリットなのではないかとすら感じることもありました。
    かのヴァイオレット嬢にとって「愛してる」は、最初はまったく意味不明のただの”ことば”でしかなく、そこに込められた想いは全く伝わりませんでしたね。しかし自動手記人形としての経験を積みながら、たくさんの人の想いに触れながらついに「愛」を知る、このくだり、わかっていても涙せずにはいられませんでした。
    その時々、リアルタイムでは理解できなくとも、いつかなにかのタイミングでストンって理解できることってそういえばあるよなって思い出しました。そういう腑に落ちる瞬間がきっと誰にでもあるでしょう。となれば、真意が伝わるとは限らないにしても、ことばで伝えるということはやはり必要なことのような気がします。

    「届かなくていい手紙なんかない。」
    終盤になってようやく配達員のおじさんのことばがヴァイオレット嬢のこころにストンと落ちたような気がします。
    同時に私のこころにも・・・
    伝わるかどうかではなく、まずは想いや愛をことばにして伝えることは必要なことのような気になりました。
    愛であれ悪意であれ、伝えたいと感じているならば伝えることが大事だというメッセージ、確かに頂戴しました!

    ちなみに、絶望に関しては、私は仏教の教えを信奉しています。信仰ではありません。
    無宗教の私ですが、般若心経の、「無」に対する考え方はあらゆる物事に対応できると思っています。
    この世界に在るものはすべてが粒子で出来ていて、それは人も同じで、そもそも粒子で出来た個体の私に「個」の概念もない。そう思うことであらゆる感情もまた「無」になる。。。的な。
    物事の本質を見極めようともがいていた頃に出会ったのでこれもまたストンと腑に落ちた瞬間がありました。
    これでいくと、絶望なんて、そもそも「無い」というわけです。
    あるのは目の前にある「事実」それだけ。
    限りなくシンプルに、心が軽くなったのを記憶しています。
    突き詰めていくと量子力学の話になってしまうのでこれくらいにしておきますね笑

    次回作楽しみにしています。
    長文すみません(;’∀’)本文より長い?

  2. 苦沙弥先生 様
    コメントありがとうございます。
    絶望へのアプローチですが、仏教の無の思想は、死ぬまでに一度は読まねばならんなぁと思っております。(ここでレビューできるかは不明ですが。。。)
    ※因みに、絶望は死に至る病である、という、著作は読まれないけれど中二病にドストライクな名言を生み出した元祖中二病キルケゴール先生
    ですが、超なよなよしていて、人間としては全く尊敬できない存在です。詳しくはWikiをご覧くださいませ。

    絶賛(?)連載中のアラン先生の幸福論も、無の思想や、あるのは事実だけ、という考えに非常に親和性が高いです。是非ご一読ください。やたら医者嫌いのアラン先生がほほえましいですよ

    想いを伝えるためにも、言葉を自分の中にしみこませなければならないなぁ、日々読書にあたっている所存です。

  3. キルケゴール氏、なかなか気になりますね。一番の代表作は死に至る病ですか?積読本に加えます。
    アランの幸福論、ずっと気になっているのですがあちこちで名言が切り売りされているので読む必要性が感じられず放置してました。読んでみますね。
    積読本がふえるばかりです笑

  4. 冒頭から
    「人間は精神である。しかし、精神とは何であるか? 精神とは自己である。しかし、自己とは何であるか? 自己とは一つの関係、その関係それ自身に関係する関係である~(後略)」
    ですからね。。。中二病心をくすぐられます。
    アラン幸福論は是非ご一読を。幸福論一冊で凡百の自己啓発本以上の価値があります。

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