不動産屋がやるブックレビュー アラン『幸福論』 連載5回目

今年はエアコンを切るタイミングがなく、しんどい日々です(電気代的にも)

さて、さまざまな理不尽・不合理にも負けず更新しております(嘘です負けそうです。お察しください)『幸福論』ブックレビュー

連載5回目でございます。

第5回目は

9.神託の終わり 10.気で病む男

をレビューです。

9.精神の病気

「想像は昔の中国の死刑執行人よりむごい」

・・・

しょっぱなから穏やかじゃない文章で始まります。

残酷な死刑は、ググると脳が破壊される恐れがあるので、自己責任でお願いいたします。。。

※ワタクシが残酷だと思うのは、ファラリスの雄牛ですね。。。

残酷な死刑もそうですが、自動車にひかれることを想像するだけで、あまりいい心地はしません。しかも何度でも想像することができるわけですから、現実の自動車事故よりもたちが悪い、、、アランはそういいます。

病気もそうです、パスカル曰く「病気が健康なものにとって耐えがたいのは、まさに彼が健康だからだ」と。

事実、どんな嫌な出来事でも、起こってしまえば、「起こるかも・・・」という心配を終わらせてくれます。さらに、終わった後を充実して生きられるわけですよ。

本当に病気で苦しむ人は直接的な苦しみ=病気であって、

「病気になったら○○だろうな・・・」とか

「○○も食べられないし、□□にも行けないな・・・」とか

「友達とも会えない・・・飲み会もできない・・・」

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動画リンクしてあるので是非(まだあるんか)

・・・

とか考える余裕すらないわけで。。。

本当の不幸というのは、一瞬で起こるもので、長時間不幸を感じるのは、そのことを何度も考え、思い返し、反芻するからなんです。

さらにアランは認知症(原文ではボケた)友人や生けるしかばねのようなアル中の知人に会うのがつらいのは、友人・知人にいまのままであっても生きてほしいが、そのままで生きていてほしくはないからだといいます。あくまで他人の話(認知・アル中)だけれど、自分もつらいのは、人間は(偽善じゃなく)自分自身の不幸より他人の不幸をより悲しく感じてしまう生き物だからなんですね。

老人は老いることを悩む若者のことではないし、死者は死んでいる生きた人ではありません(当たり前だ)自分は不幸だと思い込んでしまうと、不幸だなと感じつづけるエンドレス不幸状態になるわけです。

そこに陥らないよう、現在の現実的なことを考えるべし。老けた、年取ったと嘆く前に、今を生きねば。。。

10.気で病む男

気で病むとは、ずばり不機嫌

乳飲み子が安全ピンが刺さっているけどどうしてよいかわからず泣き叫び、泣き叫ぶからよりひどく泣き叫ぶような状態のことのです。

原因は簡単にわかるし、簡単に取り除けるのにそうせず、不快な状態が続いて不機嫌になる。

よって自らの心の動きが作り出す”病気”なわけです。

目にゴミが入った時、目をこすらず涙が出るようにするのが一番であるように、自分自身に気を付けてベストな行動をするように心がけるのが賢明なわけです。

原因を知らないと、同様と焦燥に取りつかれて、ますますイライラしてしまう。例えば馬から落ちる恐怖は落ちまいとバタバタすることから生じて、このバタバタが馬を怖がらせる。落ちることをはじめから想定すれば、バタバタする必要などないですもんね。

うちの上の子なんて、指の爪切ろうとすると、何もする前からビビッてバタバタ&手汗凄いので、まさにこれですよね。

こういう想像力が生み出す不機嫌に有効なのは、微笑なんです

もう一つが「礼儀」←これこの後のプロポにも繰り返しできますが今日は触れません。

微笑みはあくびと同じく、体の奥まで浸透し、のどや肺や心臓をゆったりさせる効果があるんだそうです。

笑いながら怒れるのは竹中直人ぐらいですものね。

このゆったりが想像力による苦痛から解放してくれるので、あらゆる意味で心臓を鎮めるわけです。

※フランス語の心臓(le cœul)には臓器の心臓以外に 心・胸・気分・心情・誠意・良心・記憶・勇気・関心・愛情・思いやり・中心といった意味があるので、まさに「あらゆる意味」ですね。

やっぱり笑うというのはそれだけで効果があるんですねぇ・・・

ちなみにウィリアムジェームスという心理学哲学者も 「楽しいから笑うのではない。笑うから楽しいのだ。」という言葉を残しています。

ワタクシも笑顔絶やさずいたいなと、改めて誓った次第です。

というわけで今回もお読みいただき

ア・リ・ガ・ト・ゴ・ザ・イ・マス!

微笑みといえばこれっしょ。名曲です。歌詞読むとホロっと来ます。

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