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不動産屋がやるブックレビュー アラン『幸福論』 連載7回目

ヤベーだいぶ間が空いてしまった・・・

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かーっ、忙しくて更新できねー

古すぎる・・・

さて、皆さんが幸せになってほしい一心で更新する『幸福論』レビュー

今回は7回目

第7回目は

13.事 故
14.惨 劇

をレビューです。今回はどちらも似たようなお話です(ネタバレ)そして重いです(ネタバレ)

13.事故

皆さん、夢で高いところから落ちる夢見たことはありますか?ワタクシはたぶん10回くらいあります。落ちるところまではリアルに怖いんですけど、いつの間にか普通の空間にワープしてるんですよね・・・

こんな風に墜落事故は、誰でもたやすく想像できるし、夢で見ることもしばしばです。

この恐怖は考えをめぐらす時間があるために生じる、実際の事故は一瞬で、そんな恐怖を感じる余裕すらないわけです。

なので極度の苦しみ、なんてものもないのだとアランは言います。(正直拷問や長期にわたる闘病は極度の苦しみでは?と思いますが・・・)

恐怖は眠り薬のようなもので、多くの機関(=体)は勝手に動き苦しむので、全体のねむりが訪れない。

なのに、我々は苦痛を予想し、待ち構えることで、苦しみの前後の持続がおこる。いわば苦しむ以上に痛みを恐れている。

とどのつまり恐怖を作り上げるのは想像力というわけです。

アランはそれを象徴するような出来事を経験しております。

劇場で焦げ臭いにおいがして、観客がパニックになり我先に出口に向かう中、その人波にのまれ、どこへ行くのか、なぜいくのかわからず押し流される。これほど怖いことないが、その時は考えを巡らせたり、予想したりは出来なかった・・・

本当のやばい、絶体絶命のような体験の中では、恐怖を感じる暇などない、

その最たるものが”戦争”です

例えば

戦争において自力で何とか逃げられた兵士は、戦場での恐ろしさ・恐怖を抱くだけの時間があった

突然打たれ病院に運ばれた兵士は、恐怖を抱く間もなく打たれた=生命の危機にあった(こちらの方が本当の恐怖の中にあったといえる)

確かにそうかもしれません。

ただ、ね、

戦争の記憶ことに関しては、はいそうですかともならないんですよね。。。

多くの人に読んでほしい一冊

※因みにこの本、漫画版もありますので、興味がある方は是非。

この『戦争は女の顔をしていない』
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著)

ロシアの女性従軍者のインタビューをまとめたものなのですが、驚くことに、従軍者の多くが10代なんです。今の女子高生くらいの女の子たちです・・・

一晩で紙が白髪になったり、一人殺してからは、人を打つのが怖く亡くなった話と一緒に、

ライフルにつんだスミレを結び付けた話が出てきます。心深くに届く言葉ばかりです。ツーか読むのがつらくのに、やめられなくなりますこの本。。。

そんな彼女たちの言葉を読むと、記憶から消せない体験が従軍者をどれだけ追い詰めるのか、思い知らされます。

と、戦争の話を抜きにすると、

  • 最大の不幸は、物事を悪く考えること
  • 想像する不幸は、ほどんどが誇張されていること
  • この二つが非常に重要で、忘れてはならない

というまとめです、この章。

で、この事故の中でも、あのタイタニック号沈没事故後すぐに書かれたのが、次の章です

14.惨劇

ひどい難破(タイタニック号の事故ですよね絶対)から助けられた人→悲しい思い出を持っている 眠れない日には繰り返し思い出される。

本来惨劇に見物人は存在しない。

惨劇は思考をしずめてしまう。本当に惨劇で亡くなった方は、何も感じる暇もなく亡くなっている。

感ずることは反省することであり思い出すことである。

その思い出しから生まれる恐怖が悲劇的な『物語』を作り出すのである。

死は残酷なまでにすべてを葬り去るし、すでに死んでいるので、当事者にとっての苦しみは終わってしまっている。

なのに、生き残っている人の想像力の中では、死者は何度も繰り返し死ぬのである。

・・・

という内容なので、13・14って大体同じような結論なんですね(おい)

というわけでここからはちょっと脱線して。

 

この二章を読んでいると、どうしても、悲惨な事件や事故に遭って亡くなった犠牲者とその家族のことを考えてしまいます。(最近も自動車のアクセルブレーキ踏み間違え事故の裁判の判決が下されておりましたので、なおさらです)

理不尽な事件事故から、どう立ち直るのか。

アラン曰く、死んだ人はもう苦しんではいないから、生きているものが死の間際の苦しみを想起して苦しむ必要はない

理屈はわかりますけど人間、そう単純じゃないんですよね。

自分が当事者だったら、悔しく、悲しく、底知れぬ怒りがわくことは想像に難くありません。

でも、怒りに任せて、相手を恨み続けるのは二重の意味で辛いです。

相手がどうしようもないクズだったとしても、私は、相手を赦せる人間になりたいと思います。

あ、誤解なきように付け加えると、自分自身のために相手を赦すんですけどね。

意外に思われるかもしれませんが、

実はワタクシ、死刑反対派(消極的)です。消極的というのは、死刑以外にその罪を償うのに最適な刑があればという前提があるので・・・

死刑になったとしても、事件事故の辛さは解消されないでしょう。恨む相手がいなくなったことで、行き場がなくなってしまう分、よりつらいかもしれません。

被害者の家族は司法の裁きではなく、相手を赦すことでしか、事件そのものを乗り越えられないのではないかと思います。自分で書いていても理不尽だと思います実際。でも、事件事故が起こる前に戻すことは絶対できない。

恨み続けることは、最終的に乗り越える手助けにならない。怒りや恨みをどうやって昇華させるか、それが赦しだと思います。

自分もそこまで到達出来てはいないとは思います。同じ目に遭ったらきっと恨むでしょう。でも、最終的に、何年かかってでも、赦しにたどり着きたい。

そういう生き方をしたいと思います。

。。。

。。。

久々の更新、いきなりヘビーかよ!

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不動産屋がやるブックレビュー アラン『幸福論』 連載6回目

皆様、7月下旬から更新が滞り、大変申し訳ありませんm(_ _)m

暑くてさぼってな、なにかとあれがあれでホニャララ(おっさん感だだもれ)だったもので・・・

お・お盆休みもあったし、多少はね・・・

で、今回は6回目、これ何回で完走できるんだろ。。。

第6回目は

11.医 薬
12.微 笑

をレビューです。

11.医薬

学者と読書家ができきます

2人の主張を超短くまとめると(学者の主張は元の分でも超短いです)

⓵ 学者
「自分は真理をよく知っていて、知らない真理も考察できる」

自分の体をよく観察して、少しでも怪しい兆候があれば専門家に調べてもらう、これこそ長生きの秘訣である。。ただし、その学者の生活は非常にみじめだった

ちょっとおかしいとすぐ医者に頼る人って、正直このイメージです。

② 読書家
「自分は人間を迷わす観念を幾つも知っている。その一番の観念は想像力である」

最良の医者でも、自分に呪いをかけること以外に何ができるるだろう?要するに、体の不調についていちいち心配しすぎないこと。体の変調を”足にできるまめ”以上に心配しないことが大事。

ふむふむ

この章、結局はアランの医者ぎらい全開の章です

想像力・・・例えばレモンを想像するだけで唾液が出るのと同じように、サラダにミミズが入っているのを想像するだけで、気持ち悪くなりますよね?

想像力は信じる・信じないにかかわらず、つまり意思に関係なく自分の体が反応してしまいます。

なので、気分の変化や想像力の夢想以上のことは医者にはできないんだそうです。(アラン曰く)

それを踏まえたうえで

  1. できるだけ満ち足りた気分でいること
  2. 体そのものを対象とした、生命の機能を乱すような心配をしない

ことが大事なんです。

人間の思い込みはことのほか大きな影響を与えます。有名な『セビリアの理髪師』で登場人物のバジルが「顔色悪い」といわれ続けて、本当に具合が悪くなるように。自分が誰かに「呪われている」と知ってしまうと”呪われてしまう”ように。

病気や景気に「気」という漢字が入っているように、気の持ちようというのは、心身に多大な影響を与えます。

ワタクシもアラン程ではありませんが、できる限り医者にかからず、薬も飲まないで暮らしたい人間です。よく寝て、バランスの良い食事をとり、適度に筋トレ(またか)そして、いちいち病気のことなんて考えない。

これが万病に効くと思っています。

ワタクシの上の子も、首に腫れがでて熱が出る、という病気(?)にかかったことがあります。

病院でも全く原因がわからず=投薬も無しだったのですが、

完全に自分の治癒力で治しました。

さすが我が子、そしていつもバランス(もちろん味も)の良い食事を作ってくれるわが妻のおかげです。

ちなみに新コロも、罹患しても症状が軽いと薬は出ず(当然ですよね治療薬がまだないので)、高熱で苦しいとき用の解熱剤だけなんだそうです。つまり自分自身の抵抗力のみで治すわけです。

り患するまでの備えがモノを言うわけです。

持病や闘病中の方は、罹患に注意すべきなのはわかりますが、不規則な生活をして、好きなものばっかり食べて、いざ未知のウィルスが流行ると必要以上にビビるのは、人間に生来備わっている力に対して失礼なのではないか、と思います。

人間いつかは死ぬ、それはコロナかもしれないし、そうでないかもしれないだから・・・

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よく読んでたな、江國 香織

今は我慢といいますが、今は今しかないという視点が、あまりにも雑に扱われてるな、とも思います。

※参考までに・・・

スペイン風邪(H1N1新型インフルエンザウイルス)は、1918年から1920年にかけて流行し、世界の人口(当時18億人)の半数から3分の1が感染し、全世界で1900万人から5000万人以上の人が死亡したとされています。

これを現在の人口(2021年時点での世界人口は推計で78億人)に換算すると26億人が感染し、8233万人から2億1670万人相当の死者・・・(現時点での新型コロナでの死亡者は433万人)

さらにスペイン風邪は新コロとは異なり、高齢者よりも若年層がバタバタと亡くなったんです。いかにスペイン風邪がやばいパンデミックだったかが分かりますね。。。

12.微笑

結論から言うと、

微笑は、礼儀であり、気分を変えてくれるものだから、みんな困ったりイライラしたら笑おうぜ!!

ということです。

・・・

やっぱり笑っていれば以下略

実際、不機嫌だと、謎の力によって”不機嫌でいよう”としてしまう(ワタクシ調べ)し、不機嫌でも、無理やりでも笑ってみると意外と機嫌がよくなるものです(ワタクシ調べ)

なので不機嫌とは結果でもあるけど、原因でもあるわけです。

さらにアランは病気は、礼儀(微笑)を忘れた結果であるといいます。

人間は眠れないと眠れないときに腹を立て、焦燥からさらに眠れなくなるように、不吉な想像で不安な状態を高ぶらせ、ますます病気をこじらせる・・・

不機嫌が原因でより不機嫌にはまるわけですね。

逆にそういう気分や思念がない動物は体を酷使しても人間と比べ病気がずっと少ないです(アラン父調べ)

怒りは咳をするのと同じ一種の病気で、咳をひどくすることで病気を逃れられると思い込んでいるのと同じように、怒ることで怒りから逃れられるというバカげた考えである。こうやって無駄に自分の心臓を興奮させ、自らを苦しめるるのは人間の危険な特権なんだそうですよ。

人間の危険な特権・・・いい表現ですね、皮肉が効いてて

こういった情念から逃れるためには、いわゆる一種の”悟り”に到達しなければならないので、じつは逃れないようにするのが逃れるためには一番だったりします。

ただ不機嫌は、悪い状態を維持させようとします。自分が落ち込んでる時を思い出すとわかりやすいです。落ち込んでいるときは何かアクションを起こすのが一番なのに、何もしない状態にいさせようとする。。。

落ち込んでるときは部屋を暗くして、一人中島みゆきを聴く・・・なんて方向に傾きがちです(古いな)

こういった気分に逆らうために必要なのは、

理論による判断力ではなく、微笑んだり、体(筋肉)を動かしたりすることです。

あと、あくび。

あくびっていいですよね。ワタクシもよくあくびしてました。

 

授業中ですが。。。

 

人の気分とは、自分自身が自分自身の姿を示し維持されていきます。不機嫌というレールに乗っちゃうとそのまま気分を変えるのってタイヘン。。。

その維持をガラッと変えるのに、礼儀の義務に助けを求めるわけです。とにかく何でもいいから笑っとけ、というわけです。

・・・

・・・
というわけで今回もお読みいただき

ア・リ・ガ・ト・ゴ・ザ・イ・マス!(二週連続二回目)

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不動産屋がやるブックレビュー アラン『幸福論』 連載5回目

今年はエアコンを切るタイミングがなく、しんどい日々です(電気代的にも)

さて、さまざまな理不尽・不合理にも負けず更新しております(嘘です負けそうです。お察しください)『幸福論』ブックレビュー

連載5回目でございます。

第5回目は

9.神託の終わり
10.気で病む男

をレビューです。

9.精神の病気

「想像は昔の中国の死刑執行人よりむごい」

・・・

しょっぱなから穏やかじゃない文章で始まります。

残酷な死刑は、ググると脳が破壊される恐れがあるので、自己責任でお願いいたします。。。

※ワタクシが残酷だと思うのは、ファラリスの雄牛ですね。。。

残酷な死刑もそうですが、自動車にひかれることを想像するだけで、あまりいい心地はしません。しかも何度でも想像することができるわけですから、現実の自動車事故よりもたちが悪い、、、アランはそういいます。

病気もそうです、パスカル曰く「病気が健康なものにとって耐えがたいのは、まさに彼が健康だからだ」と。

事実、どんな嫌な出来事でも、起こってしまえば、「起こるかも・・・」という心配を終わらせてくれます。さらに、終わった後を充実して生きられるわけですよ。

本当に病気で苦しむ人は直接的な苦しみ=病気であって、

「病気になったら○○だろうな・・・」とか

「○○も食べられないし、□□にも行けないな・・・」とか

「友達とも会えない・・・飲み会もできない・・・」

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動画リンクしてあるので是非(まだあるんか)

・・・

とか考える余裕すらないわけで。。。

本当の不幸というのは、一瞬で起こるもので、長時間不幸を感じるのは、そのことを何度も考え、思い返し、反芻するからなんです。

さらにアランは認知症(原文ではボケた)友人や生けるしかばねのようなアル中の知人に会うのがつらいのは、友人・知人にいまのままであっても生きてほしいが、そのままで生きていてほしくはないからだといいます。あくまで他人の話(認知・アル中)だけれど、自分もつらいのは、人間は(偽善じゃなく)自分自身の不幸より他人の不幸をより悲しく感じてしまう生き物だからなんですね。

老人は老いることを悩む若者のことではないし、死者は死んでいる生きた人ではありません(当たり前だ)自分は不幸だと思い込んでしまうと、不幸だなと感じつづけるエンドレス不幸状態になるわけです。

そこに陥らないよう、現在の現実的なことを考えるべし。老けた、年取ったと嘆く前に、今を生きねば。。。

10.気で病む男

気で病むとは、ずばり不機嫌

乳飲み子が安全ピンが刺さっているけどどうしてよいかわからず泣き叫び、泣き叫ぶからよりひどく泣き叫ぶような状態のことのです。

原因は簡単にわかるし、簡単に取り除けるのにそうせず、不快な状態が続いて不機嫌になる。

よって自らの心の動きが作り出す”病気”なわけです。

目にゴミが入った時、目をこすらず涙が出るようにするのが一番であるように、自分自身に気を付けてベストな行動をするように心がけるのが賢明なわけです。

原因を知らないと、同様と焦燥に取りつかれて、ますますイライラしてしまう。例えば馬から落ちる恐怖は落ちまいとバタバタすることから生じて、このバタバタが馬を怖がらせる。落ちることをはじめから想定すれば、バタバタする必要などないですもんね。

うちの上の子なんて、指の爪切ろうとすると、何もする前からビビッてバタバタ&手汗凄いので、まさにこれですよね。

こういう想像力が生み出す不機嫌に有効なのは、微笑なんです

もう一つが「礼儀」←これこの後のプロポにも繰り返しできますが今日は触れません。

微笑みはあくびと同じく、体の奥まで浸透し、のどや肺や心臓をゆったりさせる効果があるんだそうです。

笑いながら怒れるのは竹中直人ぐらいですものね。

このゆったりが想像力による苦痛から解放してくれるので、あらゆる意味で心臓を鎮めるわけです。

※フランス語の心臓(le cœul)には臓器の心臓以外に 心・胸・気分・心情・誠意・良心・記憶・勇気・関心・愛情・思いやり・中心といった意味があるので、まさに「あらゆる意味」ですね。

やっぱり笑うというのはそれだけで効果があるんですねぇ・・・

ちなみにウィリアムジェームスという心理学哲学者も
「楽しいから笑うのではない。笑うから楽しいのだ。」という言葉を残しています。

ワタクシも笑顔絶やさずいたいなと、改めて誓った次第です。

というわけで今回もお読みいただき

ア・リ・ガ・ト・ゴ・ザ・イ・マス!

微笑みといえばこれっしょ。名曲です。歌詞読むとホロっと来ます。

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不動産屋がやるブックレビュー アラン『幸福論』 連載4回目

最近じわじわ学生さんからのお問い合わせが増えてきております。

2022年4月から入居の方々、一度お問い合わせくださいませ♪

こちらも学生さんのために頑張りますので、一つ良しなに。

さて、ナツノアツサニモマケズ更新しております(若干負けそうですが)『幸福論』ブックレビュー

連載4回目でございます。

第4回目は

7.神託の終わり
8.想像力について

をレビューです。

7.神託の終わり

アランという人は占いやこの章の主題である神託を、とにかく嫌ってます。(25が『予言』なんですが、そこでもボロクソです)

従軍中、戦場でアランは手相を見るのが得意な砲手(木こりが本業)と一緒になるのですが、アラン自身は手の筋を見せたことがなかったそうですから、筋金入りですね。

自分は占ってもらわなかったにもかかわらず、他人に対しての予言や神託の内容が実際に起こったかどうかを探すこと自体が、面白いことだったとアランは書いています。

それだけ、未来について言われたことって記憶に残ってしまうということですね。。。

未来について何か言われてしまうと(悪いことであればなおさら)不安や恐れを呼び起こします。

この不安・恐れは病気に付け加わってそれを悪化させる新たな病気でもあるんです

なので、病気であることを告げられるということは、病気が二倍になるのと同じなんだそうです。

まさに『病は気から』

眠れないときは病気だなんだという人は、眠るのに適した状態じゃないだけ

胃の病気を心配する人は、消化に適した状態じゃないだけ

現代医学全否定で草生えますね。

でも、実際病名を言われると恐怖や不安で悪化するという理論、当たっているように思いませんか?ワタクシも何でもかんでも病名をつければいいってわけでは無いと思います

さらにアラン流の良い医者というのは、具合はどうか聞きはするけど返事もろくに聞かない医者で、悪い医者は、とにかく患者の病気のことをよく聞く医者(患者に好かれちゃうんですよね・・・)、ということになるようです。

じゃあどうすればよいのかというと

運動です。

健康のためには健康の真似をする、つまり運動がベスト

やはり筋トレか・・・

筋肉は裏切らないですよ・・・(迫真)

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ワタクシの愛読書

8.想像力について

人の痛い怪我の話を聞かされて、自分が同じ目になった気になることってありませんか?紙で手を切った話とか聞くと、いろんなところがヒュってなります。

なぜか?
それは人は、他人の不幸に耐えうる力を持っていないから(BYアラン)※頭の皮膚を縫う手術を行う際も、気付け用のラム酒をあおるのはほとんど付添人なんだそうです

それは、想像力は思考を持たないので、思考をもって打ち克つことができないからだとアランはいいます。目の前の出来事のまえでは、いくら理屈をつけてもどうもこうもならんというわけです。

なぜこんなことが起こるのか?

それは、人間は目の前にいたり、情念や感情を表すだけでお互い大きな影響与えてしまうものだからです。

生々しい傷を見てしまえば、痛みや出来事を想像してしまうし、それは恐怖を呼び起こします。テレビでワイプで映るの芸能人の表情が、視聴者に影響与えるのに似てますね。

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ワイプの一例   やっと議員になったんです!!

この想像力の影響は、まずは身体にあわられます。

足元がおぼつかない高所に来てめまいを覚えたり、手が汗でびっしょりした経験、誰にでもあると思います。※ワタクシも高いところに行くとめっちゃ手汗出ます。

逆に魂は同情を骨惜しみするもののように思えるそうですよ。むしろ身体のほうが高尚で、観念によって苦しみ、行動によって癒される・・・

別の著書でアランは
「想像力とは単に精神の持つ静観的な力などではなく、身体の混乱と同時に精神の中に入ってくる誤謬と無秩序のことを言うのである」

と述べています。

でも想像力のもたらす混乱の名残が思考を美しくするんだそうですよ。

この考え方、好きだなぁ。この章はなかなか解釈が難しく、再読したうえに色々調べるという、本業そっちのけで完成させております。。。

・・・

・・・

こ、今回はオチなくオシマイです(汗)

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不動産屋がやるブックレビュー アラン『幸福論』 連載3回目

だいぶ久しぶり(多分あまちゃん以来)に朝ドラ見ております。

いいですね『おかえりモネ』・・・

ちょっと前ですが、浅野忠信が泣きながら心境を吐露するところなんて、ねぇ・・・

朝から泣かせるなよ・・・

と、ここからが本題。

誰か一人でも読んでくれれれば、この時間が無駄にならないなと前向きに考えて更新しております(希望的観測)『幸福論』ブックレビュー

連載3回目でございます。

第3回目は

5.ふさぎの虫
6.情念

をレビューです。ふさぎの虫って・・・

5.ふさぎの虫

病気(腎臓結石)の友人にアランは

「この病気が気をめいらせるものだということを知っているのだから、気がめいることに驚いたり、不機嫌になったりしてはいけない」

と言ったのだそうです。一見残酷な言葉のようにも思えますが、一番当を得た励ましのように思えます。

深い悲しみは肉体の病的状態の結果なので、それ以外の心痛はいずれ時間が解決する。だから我慢しろというわけです。

不幸についての考えは我々を苦しめるのではなく驚かせるのだ、不幸について考えるから苦しんという一般的な考えとはだいぶ違いますね。(アランも不幸そのものではなくそのイメージが人を苦しめるということは認めています)

抑うつ病の患者は、どんな考えの中にも悲しくなる理由を見つけ出す

同情されれば侮辱された!と思い、されなければ自分は孤独だ・・・と落ち込む。

そうやって自分の孤独の味をかみしめるわけです(前回も出てきたなこのネタ)

これはすべての悩める人間の拡大された姿です。

抑うつ病患者は、その苦痛がひどくなるのは、自分が抑うつ病であるという触れられたくない真実を他人が理屈をつけて触ってくるからなんだそうですよ。

いますよねこういうめんどくさい&うざい手がかかる人

なので、

悲しみは病気、誰かのせいにせず我慢しなければならないと自分に言い聞かせる

これが解決策であり結論

で、それにうちかつための知恵が「祈り」なんだそうです。祈りというは、思想を形作ることを放棄したもの、つまり辛い、悲しみをいちいちい理由づけることなく、ただ祈りの所作をもって耐え抜くというもの。

それはさながら、”想像力の阿片”だそうです。

うーん。。。

この想像力の阿片だったら、打っても捕まらなかったのにね

槇○○之さん・・・

伊○○○介さん・・・

6.情念

あまり聞き覚えのない情念というワード・・・

※詳しい意味はこちら→コトバンク 「情念

ギリシャ語でパトスという言葉に置き換えられます。

パトスといえば

ほとばしる熱いパトスが頭に浮かんだあなた

「エヴァ」ファンですね?

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誰が使うんだ・・・しかも品切れとは

これがメンタリズムです(大嘘)

 ・・・で、本題に移ると

アランは情念は病気より耐え難いもの、なぜなら「うちかつことのできない必然性のしるしを帯びている」から、と表現しています。

例えば病気やケガは、それ自体を除くとほかの部分はうまくいっているわけです。虫歯で歯が痛くても手足は何でもないですから。痛みでイライラはしますけどね・・・

ただ、一度情念に取りつかれたら最後、自分の中の熱いパトスから逃げたり見ない振りしたり、なんてできないわけです。

そうなってしまうと、どんなへ理屈も正しいように思える(自分にとってはですが)

また、人間は喜怒哀楽では苦しまないが、恐怖を感じると、怖がったという事実が恥ずかしくなるとも言っております。

跡から思い出して恥ずかしくなるのは、恥を味わっているのと同じ(二回目の神経衰弱にも出てきましたねこのワード)
で、最終的に、情念=自分自身だが強くて何ともならない、と反省することになります。

この情念の成分に、悔恨と恐怖があります。

「どうしてこうも自分を抑えられないんだろう」←悔恨

「自分の考えが毒されてバラバラになってしまう・・・俺を操ってるのはなんだ」←恐怖

で、情念や情念への奴隷根性が、自分を呪われたものだ。。という観念に導き、ありもしない苦痛にさいなまれ、最悪、自ら命を絶ってしまう。。。

ここでデカルト先生が出てきます

その著書『情念論』(すみませんワタクシこちらは未読でゴザイマス・・・)

情念って、体の動きを支配していると思いがちですが、

先生曰く 情念は、運動に由来するんだそうです。

・・・逆では?と思いますが、

じつはそう考えたほうが気が楽です。

だって、自分をさいなむ情念は何らかの理屈でそうなっているわけでは無く、肉体や血の巡りでそうなっているだけなんですから。

アラン曰く

「道理を建てたがっているのは俺の肉体だ、俺の胃袋の意見とでもいったものだ」

だそうです。

・・・

・・・

胃袋の意見で自分を追い込み、最悪の場合自殺するほど思い悩む・・・なんて、はなはだ馬鹿々々しいと思いませんか?

胃袋は美味しいもので満たしてあげるのが一番です。

え、ワタクシ?

実はこの記事執筆の夕方・・・

 

 

ちょっと・・・ね

 

 

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不動産屋がやるブックレビュー アラン『幸福論』 連載2回目

大好評だと信じたい・・・

『幸福論』ブックレビュー

1回目、見て・・・くれましたか?

もし「お前のこの解釈さぁ、間違ってっから(半ギレ)」というご指摘ありましたら、突っ込んでいただければ幸甚でございます

と、若干弱気な導入からの連載2回目でございます。

第2回目は

3.悲しいマリー
4.神経衰弱

をレビューしたいと思います。題名がおだやかじゃないですね。。。

3.悲しいマリー

このマリー、1週間ごとに躁と鬱が入れ替わる人で、躁状態のときは何が起こっても幸福に感じるし、鬱状態のときは、どんなことも悪くとらえる、そんな人です。

大なり小なりそういう気持ち、誰にでもあるとは思います。ワタクシもメンタルダメダメ野郎なので、落ち込んでるとなーーーんにもできない&やる気が起きません(おい)

そういうときって励ましの言葉も心には届かないんですよね。

なのでアランは不幸と幸福について

不幸だと思っているときは、つける薬などない/幸福というものには、自分が思う以上に意志の力働いている

といっております。心えぐられますね・・・

水がめに2つの取っ手があるように、どんな事柄にも2つの側面があります。なので、今の事柄を幸福だ!!と思う意志がなければ、幸福になれない、ある意味逆説的な説明です。

このマリーの話には続きがあって、

彼女を診察していた心理学医は、彼女の血液を調べると血球の数が少ないときは楽しい時期で、血球が多くなると悲しい時期という法則を見つけたのです。が、それを説明してもマリーは全く信じなかったそうです。

つまり落ち込んだ状態か幸福な状態かは、自分で選ぶことができないわけです。なぜなら血球の多い少ないは、自分でどうにもできませんもの。

ただ、自分が悲観している・気持ちがふさいでいるとき、それは血球の多い少ないが原因だと知っていれば、耐え忍びやすくなるというものです。

嫌なことを思い出して、不幸をガムのように味わうのはやめて、「今は悲しみが友達」なんだと割り切れることは、心の平静のためになりますよね。。。

202107anpan

愛と勇気だけが友達の人

「すぐにはできねーよ!」

と思いますが、知ってるだけでも少し慰めになりませんか?私は結構楽になりますよ。

単純なものでワタクシ

4.神経衰弱

202107suijaku

これじゃありません。一応

2021souseki

ガチで悩まされていた漱石センセ

じめじめしたこの季節にピッタリなテーマですね(ゲッソリ)

この梅雨の季節、人の気分も天気に左右されがちです。時代が変わっても人間ってそれほど変わらないものですね。

些細なことが気になったり、大したことない用事が重く感じられたり・・・

だからといって、自分は鬱だとか、病んでいるだとか思い悩むのはちょっと待ってください。

アランは、なぜ不幸だと感じるか、事実を理解することを説いております。大したことがないのに不幸って、矛盾してますもんね。

幸福か不幸かの理由は大して重要な理由ではなく、肉体のとその働きが重要というのも面白い視点です。体は緊張と収縮を繰り返し、それに従って気持ちも緊張と収縮を繰り返している。

で、いちど何かに没頭すると、いちいち悩んでる暇はありませんよね?でも考える暇ができると、些末なことがわっと気になりだす。暇の結果些末なことが気になっているのに、気がふさいでいる原因がその些末な事柄だとおもいこんでしまう。。。

いかにしょうもない悩みが付け入るスキをなくすか、これが重要です。

どんな人間も情念を持たないことはできない、だが賢者は、魂の中に幸福な思想の大きな広がりを形作っているので、情念はそれよりずっと小さいのだ(byスピノザ)そうです。

アランは言います。

大思想家や大哲学者でなくとも、我々には没頭できる希の幸福があるじゃないか。本・絵画・音楽・友人との談話・・・と

で、このプロポ最後の言葉がこちら

「私たちはそうした価値のあるものをあてにしている。自分がはっきり欲しているものを望むことは、時としては偉大な技術を要するものである。」

暇つぶしが氾濫する今の時代こそ、深く深く響く言葉と思います。

  • 目の前にある有用で魅力的な本よりもスマホを眺めてしまう・・・
  • 教養を深めてくれるテレビ番組があるのに、YouTubeのしょーもない動画をみてしまう・・・
  • 友人との会話も新コロで疎遠になりがち・・・

・・・

・・・

すぐ役に立つものは、すぐに役に立たなくなります(by伊集院静)何も考えずに見ていられるものは、欲しているものといえるでしょうか?

あなたが本当に欲している、”没頭できるもの”って、何ですか?

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不動産屋がやるブックレビュー アラン『幸福論』 連載1回目

なんかほかの記事書いているから、実は企画倒れなんじゃないの・・・

とお思いの方、お待たせしました!

アランの『幸福論』ブックレビューでございます。

※ゼロ回目はこちら

第一回目は93編の哲学断章(プロポ)のしょっぱなふたつ

  1. 名馬ブケファルス
  2. 刺激

をレビューしたいと思います。

1.名馬ブケファルス

↑アレクサンダー大王の愛馬の名前です。

こいつ、とんでもない暴れ馬で、調教などできないといわれていたのです。

しかしそこは聡明なアレクサンダー、この馬は自分自身の影におびえて暴れているということを見抜いて、太陽のほうを向かせて影が見えないようして安心させ、手懐けたんです。

流石アリストテレスの弟子!アレク大王はすごい!

おしまい・・・

ではありません。この逸話が教えてくれるのは

何が原因になっているかを正しく見抜いて対処しなければならないということです。

このことをアランは

「情念の本当の原因を知らない限り、わたしたちは情念に対してなんらの力も持たない」と表現しております。

子供が泣き叫んでいるのにもちゃんと理由があるし、大人が不機嫌なのにも何か理由がちゃんとあるわけです。ピント外れの対応は、かえって火に油だったりしますものね。

ただ、恐怖という感情に関しては、ちょっと違うようです。

恐怖を感じている人は、危険があろうとなかろうと、そこにもっともらしい理由を作り上げて恐怖している、というのです。(危険が先か恐怖が先かというのは無駄な議論みたいです)

いわゆる、『幽霊の正体見たり枯れ尾花』ってやつ。

さて皆さん、こんな経験ありませんか?

面と向かって大変無礼なことをされると、面食らってその場では何も言えないけれど、後からムカムカしてくる・・・な~んてこと。

ワタクシもよくありますこれ。この時、びっくり→恐怖→怒り・興奮の順番で感情がうごきます。

これが国同士の間で起こったのが、第一次大戦開戦のきっかけだったとアランは考えているようです。

サラエボ事件で各国がびっくり

欧州の各国要人が恐怖する

怒り、興奮を生み・・・

・・・

・・・

戦争の原因は人間は争う生き物だから・・・みたいに、なにかとカテゴライズしてもっともらしい結論付けたくなりますが、あくまで原因を真摯に探して最適な対処をするに尽きる。

原因を真摯に探る、というのは簡単なようで難しいですね。ワタクシも誤字脱字する理由を真摯に探りたいと思います。。。

え?それは単なる凡ミス?

・・・・失礼いたしました。

2.刺激

アラン曰く、怒りに身を任せる人と、むやみに咳こんでいる人はおんなじなんだそうです。

何らかの刺激によって情念を動かされて怒る人、のどに物が引っかかった刺激によってせき込む人は、そもそも対応が間違っているんです。

どちらも、「粗暴な熱狂さで恐れや怒りに身を任せている」「憤怒の衝動で自然に起こる反応を妨げている」状態(byアラン)

どちらも原因を正しく把握し、恐怖を追い払うことが大事なんです。

のどに物が引っかかった人は、体(のど)が思ったように動かせなくなったことが原因なのだから、そのかけらを取り出すのに最適な対応するのが肝心ですよね。

同様に怒りに身を任せる人も、何が自分を怒らせている原因(恐怖)なのかを認識して、その対応に集中することが肝心です。

そのためには、「ほんとうの体操」=「肉体の運動に対する正しい理性の支配」が重要なんだそうです。

まさに『健全な精神は健全な肉体に宿る』

体の状態がよろしくなければ、感情が理性を上回ってしまう。。。結構納得がいく部分あります。

で、こんな本があります。

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ワタクシ、そろそろ公言しますが、年明けから自宅筋トレを始めたんです。

ほぼ毎日約半年間続けていると、生活がどんどんストイックになっていくんです。

  • 食べ物や飲み物に気を遣うようになったり(特に冷たいものを飲まなくなりました)
  • 以前よりも本を読むようになった
  • 買い食いが劇的に減った
  • 痩せた(妻からこれ以上痩せたら離婚するといわれましたが・・・)

といいことづくめです。

これも、肉体が理性によって正しく支配されている結果かな?

皆さんも筋トレいかがですか?今はYouTubeに筋トレ動画山ほどありますよ~

ワタクシは『筋肉体操』動画で頑張ってます・・・

・・・

・・・

あれ、幸福論のブックレビューのはずが筋トレ話に・・・

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不動産屋がやるブックレビュー アラン『幸福論』連載 ゼロ回目

今年ももうすぐ半分終わりますね。。。

ホント梅雨なんでしょうか?もう初夏といったお天気がつづいております。

で、この時期いやなのがアイツです

シロアリ。

こいつら、クロアリと生態もフォルムもまったく違います。

※ クロアリとシロアリの違い、画像リンクはこちら

ちなみにクロアリはハチの仲間で、シロアリはあのゴキ〇リの仲間。。。

賃貸にお住まいの方、リンク先の画像をみて、「やべぇ、この部屋にいるやつシロアリだ!!」という場合は、すぐに管理会社か大家さんに連絡の程、よろしくお願いいたします。

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これが懐かしい、という方、きっとワタクシと同世代

さて、表題のブックレビュー、今回は気合を入れての長期連載です。

今回選んだのが、アランの『幸福論』(ワタクシが持っているのは集英社版)

本の概要文がこちら

笑うのは幸福だからではない。むしろ、笑うからこそ幸福なのだ。フランスの哲学者が〈友情〉〈死について〉〈忘却の力〉など、93の主題を通して語る、実践的幸福論。(解説・白井健三郎/鑑賞・清水 徹)

この本、93編の哲学断章(プロポ)で構成されております。1つのプロポがだいたい2ページくらいなので、1つずつまとめて93回の連載・・・もうちょっとボリュームもたせて、2つか3つくらいまとめて記事にしても、30から40回の連載・・・

こんな手間ばかりかかる連載

こんなことやってどういう意味があるんだ?

お前は不動産屋だろう?

と思われる方が大多数ではないかと思います。

仰る通りです。

こんな連載したところで、土地が高く売れる(安く買える)わけでもなく、新築アパートがバンバン紹介出来てワタクシどもがガッポガッポ(古い)なんてこともありません。

でも、不動産って、幸福を支える土台じゃないかと思うんです。

そしてそれを生業としているワタクシ、皆さんの幸福を願わずにはいられないわけです。私がかかわった取引で幸福になってほしい、不幸には絶対になってほしくないという思いはだれよりも負けません。

今回取りあげる『幸福論』は、1925年出版。

およそ100年前の本ですが、現代に通じる幸福へのアプローチの仕方がたくさんつまった本です。

ただワタクシも一度読了しましたが、精読したとまでは言えないので、読み込みプロポの数がまとまったら記事にしていきます。

あと、必ず完走しますので、名前は聞いたことあるけど読むのしんどい・・・と思っていた方は、是非お付き合いいただければ幸いです。

連載しつつもグルメマップやら普通のネタやらありましたら、そちらも掲載していきますので。一つ良しなに。

では、こうご期待。。。

グルメマップ ナチュラリテ part.1

グルメマップ全然やってねーべとお怒りの皆様、

スミマセン・・・いろいろと・・・

何から伝えればいいのか・・・

分からないまま時は流れて・・・

浮かんでは消えてゆく・・・

ありふれたことばだけ・・・

lovestory

久々の出番

と、茶番はここまで

久々のグルメマップです。

今回は鶴岡市錦町1-23にある『ラ ナチュラリテ(La naturalité)』さんを・・・

え?

そんな店聞いたことない?

それもそのはず、実はこのお店・・・

まだオープンしていないんです。

 

察しの良い方だと物件住所でお気づきかもしれませんが、この店舗今の30~40代のファッションの整地VACATIONさん跡地なんです。

昨年惜しまれつつ移転なさり空き店舗になっていたのですが、

この度、レストランに生まれ変わるんです!!

で、2021年2月15日現在、なかはこんな感じです。

これから大工工事、電気工事、水道工事、ガス工事等が始まりますが、3月末オープンに向けて、きっと皆さま良い仕事をしてくれるでしょう(確信)

ワタクシも全力で応援させていただきます。

小学校区についてメガネがガチで語る NO. 0

皆様、お元気でしょうか?

ワタクシは今頃夏バテなのか、最近めっきり疲れが取れなくなっております。

さて、

鶴岡市という町に縁あってお住まいの皆様、特に県外から越してくる方々は、

  • 鶴岡とはどんなところなのか?
  • 何に注意すればいいのか?
  • 何が旨いのか?
  • どこに住むのがいいのか?

と疑問だらけだと思います。

で、鶴岡について語るうざい不動産屋が全然いないんすよ。。。

というわけで、ワタクシが鶴岡市について学区別に語りたいと思います。

今回はこの企画のキック・オフとして、鶴岡市(特に中心市街地についてですが)全域に言えることを書きたいと思います。

1.車があれば、買い物の便利不便はそれほど関係ない

買い物が便利云々・・・ですが、鶴岡市内の移動は基本車です。会社帰りにどこどこで買い物のパターンがおおいんです。なのでスーパーやらコンビニやらドラックストアやらホームセンターやらの近くである必要って、実はそれほど高くないように思います。(近いに越したことはないですけどね)
特にスーパー・ドラックストア・ホームセンターは郊外に大型店を出す傾向にあるし、大物を買うにはどっちにしても車で行かなければなりませんしね。

2.基本天気は悪いものだと思って生活すべし

【重要】そもそも洗濯物を日光に当てなければならないというのは思い込み、幻想です。

鶴岡は雨や雪ばっかりです(おい)気がめいる・・・
なので洗濯物は基本部屋干しをお勧めします。我が家は基本、部屋干しです。外に干しても、虫やら花粉やらPM2.5やらくっつくだけでろくなことがありません。しかも洗濯も載って紫外線で生地が劣化するんですよ。。。
※部屋干しについては、こちらをご一読ください。部屋干しのススメ とくに鶴岡みたいな裏日本は・・・

3.小学校選びも中学校選びも、ぶっちゃけ運

いいと思って選んだ学校なのに、荒れていたとか、先生がいまいち・・・これは100%運です。ソースはワタクシです(迫真)
第一通う子にとって担任の先生があたりかどうかは、会うまで分かりませんから。。。私立の伝統校が存在しないだけに、学区に必要以上に縛られて物件が…というのはっきり言って勿体ないです※学区についてはこちらをご一読ください 学区について考えてみる

4.雪は降ります、必ず

去年(2019-2020)シーズンは近年でも珍しいくらい少雪でした。が、少ないとはいえ、市内でも20センチから30センチは積もります。雪と友達になれ、とは言いませんが、「なぁに運動不足解消になる」くらいで除雪頑張りましょうね(ゲッソリ)
運転に自信がないという方は、必ず4WDの車に乗ってください。慣れてる人でも雪道にはまる人は毎年結構な数います。
※あっちこっちでうわさされる「カマキリの巣が高い位置あるから大雪」とか「カメムシがおいから大雪」とかいうアレ、はっきり言って全くあてになりませんので軽くあしらいましょう。

5.公共交通機関は壊滅状態です

鶴岡は電車で移動することはほとんどないうえ、路線バスも日に数えるほど・・・
車がないとどこへも行けないに近いです。
ホント不便です。※これだけはワタクシ共の力でも何ともなりません・・・

6.大体の食い物がうまい

一度出て帰ってくると、食べ物の旨さは身に染みてわかります。和食・洋食のレストラン(チェーンじゃないところね)も多く、しかもはずれがほゞない。

あと、ラーメン屋も多いです。こちらは玉石混合ですので、皆さんの舌を信じていろんなお店を訪ねてみてください。どうしてもいい店教えてほしいという方にはこっそりワタクシの好きなお店お知らせします。

7.新しい人間関係つくるの、結構大変

何度か会わないと砕けて話にならない、というのが生粋の鶴岡人です(ワタクシの感想)それはただ照れ屋さんなだけなので、新しく来た人が嫌いなわけではありません。そういうもんだと思っていれば、傷つくこともありません(ひどい)
その分仲良くなるとすごくいい付き合いができます。相手が農家さんだったりすると、思わぬお裾わけがもらえたりします(おい)

・・・

と、鶴岡市の特徴を独断と偏見でつらつらと書きましたが、次回は、鶴岡(一部山形)といえばこれ、というものをご紹介したいと思います。